SaaS企業のチャーンレート実態【算出方法から平均まで公開資料から分析】

上場企業の企業分析

SaaSは売り切りのパッケージ(オンプレ)とは異なり、導入が決まってからが勝負となります。なぜなら、導入時点では顧客獲得コストが回収できておらず、長く使ってもらえることで初めて利益が出るビジネスモデルであるからです(もちろん例外もあります)。顧客に長く使ってもらうために解約率、つまり、チャーンレートを低く抑える必要があります。今回は、上場 SaaS 企業の IR 資料からチャーンレートの実態を深掘りしていきたいと思います。

本文記事の一部と若干の加筆を除き、ほとんどの内容はSaaSに特化したVCの One Capital三好翔さんのnoteから転載許諾を受けて転載・制作をしています。三好翔さんのご紹介は目次より参照ください。

記事サマリー

ざっくりと記事内容のサマリーです。詳細は本文を参照ください。

チャーンレートのベンチマーク

企業規模月次カスタマーチャーンレート年次カスタマーチャーンレート
小規模企業(SMB)3~7%31~58%
中規模企業(Mid-Marke)1~2%11~22%
大企業(Enterprise)0.5~1%6~10%

SaaS企業別の平均チャーンレート

企業名         チャーンレート指標       平均チャーンレート 
HENNGEGross Churn Rate0.16%
AI insideCustomer Churn Rate?0.31%
SansanGross Churn Rate0.6%
スマレジGross Churn Rate0.61%
カオナビGross Churn Rate0.65%
チームスピリットCustomer Churn Rate0.67%
ヤプリGross Churn Rate0.82%
マネーフォワードCustomer Churn Rate1.1%
サイバーセキュリティクラウドGross Churn Rate1.15%
フリーGross Churn Rate1.6%
ブイキューブCustomer Churn Rate?1.69%

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チャーンレートとは

チャーンレート(Churn Rate)とは「解約率」のこと。導入顧客のうち解約した顧客の割合を示すものです。サブスクリプションサービスやSaaSサービスにおいて「導入>退会」が継続成長には求められるため、ベンチャーキャピタル(VC)や投資家からはチェックされる指標になっています。

チャーンレートには3種類の算出(計算)方法がある

チャーンレートは大きく3種類存在します。

①カスタマーチャーンレート(Customer Churn Rate):顧客数ベースの解約率
②グロスチャーンレート(Gross Churn Rate):MRRベースの解約率
③ネットチャーンレート(Net Churn Rate):純MRR ベースの解約率

まずは、それらをどのように算出するか解説していきたいと思います。すでにご存じの方、SaaS メトリクスマニアの方はスキップしてくださいませ。

カスタマーチャーンレート(Customer Churn Rate):顧客数ベースの解約率

カスタマーチャーンレート(Customer Churn Rate)の算出/計算方法:顧客数ベースの解約率

カスタマーチャーンレート(Customer Churn Rate)とは、”顧客数” をもとに算出する解約率です。当月解約となった顧客数を、前月末時点での顧客数で除すことで算出することができます。

例えば、先月末時点の顧客数が100社だったとして、今月3社が解約となった場合、今月のカスタマーチャーンレートは3%(3 / 100*100 %)となります。カスタマーチャーンレートは、顧客数がベースとなるため、常にプラスになる(マイナスにはならない)点には気をつけましょう。

グロスチャーンレート(Gross Churn Rate):MRRベースの解約率

グロスチャーンレート(Gross Churn Rate)の算出/計算:MRRベースの解約率

グロスチャーンレート(Gross Churn Rate)とは、”MRR(月次収益)” をもとに算出する解約率です。当月の解約、ないしダウングレード(プラン変更)によって発生した MRR の減少分を、前月末時点での MRR で除して算出します。収益をベースとしているため、カスタマーチャーンレートよりも実態に近いと言えるでしょう(業績へのインパクトという視点で)。

例えば、先月末時点のMRRが100万円だったとして、今月、解約による MRR の減少が3万円、ダウングレードによる MRR の減少が2万円発生するとすると、グロスチャーンレートは5% ((2+3) / 100 * 100%) となります。こちらもカスタマーチャーンレート同様、常に正の値を取ることになります

ネットチャーンレート(Net Churn Rate):純 MRR ベースの解約率

ネットチャーンレート(Net Churn Rate)の算出/計算:純 MRR ベースの解約率

ネットチャーンレート(Net Churn Rate)とは、”純MRR” をもとに算出する解約率です。純MRR とは何かと言うと、既存顧客の解約ないしダウングレードだけでなく、アップセル / クロスセルも加味した月次収益ということです。当月の解約、ないしダウングレードによって減少した MRR からアップセル / クロスセルによって増加した MRR を差し引き、前月末時点の MRR で除すことで算出します。すでに気づいた方もいるかもしれませんが、解約(ないしダウングレード)よりもアップセル(ないしクロスセル)が上回れば、ネットチャーンレートは負の値も取り得ると言うことです。これがいわゆる ”ネガティブチャーン”と言われるものです。

例えば、先月末時点の MRR が100万円だったとして、今月の解約+ダウングレードによる MRR の減少が5万円、アップセル+クロスセルによる MRR の増加が10万円だった場合、ネットチャーンレートは △5% (( 5-10) / 100 * 100%) となります。つまりこれは、解約は発生しているが、それを上回るアップセルを実現できているため、MRR が5%増加しているということを意味しています。

△2.5% のチャーン(ネガティブチャーン)と 2.5%のチャーンを比較した MRR の推移
©︎for ENTREPRENEURS

ネガティブチャーンを実現できると、MRR(ARR)の成長速度が急激に変化します。上のグラフは、△2.5% のチャーン(ネガティブチャーン)と 2.5%のチャーンを比較した MRR の推移です。年が経てば経つほど両者の差が開いていくことが明らかです。このように、SaaS の主要 KPI である MRR を伸ばしていくには、解約率を低減させることに加え、アップセル / クロスセルによる収益増加によってネガティブチャーンを実現することが肝となります。

チャーンレートのベンチマークは顧客規模によって大きく変わる

ここから本題・・・と言いたいところですが、その前にベンチマークとすべきチャーンレートを紹介します。

ベンチマークとすべきチャーンレート
©︎Tomasz Tunguz

上記はアメリカの VC Redpoint の Tomasz Tunguz 氏が公表しているものですが、ターゲットごとにベンチマークとするべき値が異なっています。顧客の企業規模が大きくなればなるほど、チャーンレートは低く抑えるべきということですね。Enterpriseは受注までのリードタイムが長かったり、顧客獲得コストが高いため、チャーンを抑えないと LTV が低下するため採算が合わない可能性があります。一方で SMBの場合、従業員数が少ないため、SaaSの利用人数が限られてしまいます。そのため、プロダクトの粘着性が弱くなり、チャーンに至ることがあります。また、全社で利用する SaaS だとしても、スイッチングコストが大企業と比較すると低いことも特徴の1つです。加えて、財務基盤が大企業ほど磐石ではないため、コロナのようなクライシスが発生すると、コストカットの対象となったり、顧客が倒産するケースも考えられます。そのため、SMBの方が Enterpriseよりもチャーンレートは高くなる傾向にあります。

©︎Tomasz Tunguz

また、Monthly のチャーンレートが1%改善するだけで、Annual のチャーンレートは大幅に改善します。例えば、上記の例で挙げると、Monthly のチャーンレート「3%」を「2%」に低減させるだけで、Annual のチャーンレードは「9%」も改善させることができます(まあこれがなかなか難しいのですが・・・)。このように Monthly のチャーンレートが、どの程度年間収益へインパクトを与えるのか意識しておくことが重要です。

SaaS上場企業の平均チャーンレートはどのくらいなのか

ここでようやく本題。日本の SaaS 企業についてチャーンレートを深掘りしていきたいと思います。

上場している SaaS 企業22社のチャーンレートを調べたところ、ちょうど半数の 11 社がチャーンレートを開示していました。各社、チャーンレートの開示方法が異なっていたり、そもそもターゲットやプロダクトが異なるので比較するのはナンセンスですが、参考までにチャーンレートが低い順に紹介していきます。

HENNGEのチャーンレート:0.16%(Gross Churn Rate)

HENNGE:0.16%(Gross Churn Rate)

IDaaS を提供する HENNGE は、Gross Churn Rate が 0.16%と驚異の水準を誇っています。資料にも記載がありますが、理論上は51年契約する SaaS ということになります。これは、新卒で入社してから定年退職するまでの期間よりも長いスパンとなります。SSO は、大企業が全社的に利用するケースが多く、利用人数が多いため粘着性が非常に高いプロダクトとなります。アカウント情報の管理や権限設定も細かく実施できるため、スイッチングコストがとても高いのもチャーンを抑えられている要因かと思います。また、今後、社内で利用する SaaS も増えるでしょうから、ますます SSO の重要性は高まっていくことでしょう。

AI insideのチャーンレート:0.31%(Customer Churn Rate?)

AI inside:0.31%(Customer Churn Rate?)

売上爆伸び中の AI inside ですが、チャーンレートも 0.31% と低水準となっています。IR 資料からはどの Churn Rate を指しているかわかりませんが、おそらく一般的な Customer Churn Rate なのかと思います。リモートワークの普及に伴い、同社の OCR サービスへ追い風が吹いており、その利便性を一度感じるとなかなか解約には至らないかと思います。また、これを機に勤務形態をフルリモートへ切り替えた企業も多いでしょうから、中長期的に利用していくサービスかと思われます。

Sansanのチャーンレート:0.6%(Gross Churn Rate)

Sansan:0.6%(Gross Churn Rate)

名刺管理ツールを提供する Sansan では、Gross Churn Rate を開示しています。やや上昇傾向にありましたが、それでも 0.6% と Enterprise 向けのベンチマーク(0.5-1%)内に収まる水準となっています。名刺管理ツールは人脈を見える化するために全社で利用するケースも多く、粘着性及びスイッチングコストが高いプロダクトです。また、コロナ禍においてもオンライン名刺交換機能をリリースするなどの対応をしているため、チャーンレートが大幅に向上するまでには至っていません。今後、紙の名刺は減少していくでしょうから、オンライン名刺交換をどこまで訴求できるかが勝負となりそうです。

スマレジのチャーンレート:0.61%(Gross Churn Rate)

スマレジ:0.61%(Gross Churn Rate)

飲食店向けにクラウド POS レジを提供するスマレジでは、Gross Churn Rate を事業年度及び四半期毎に開示しています。前者は 0.75%、後者は 0.61% と非常に低い水準となっています。前期の 4Q では 1.06% まで上昇していましたが、これはコロナの影響により一時的に解約ないしダウングレードが発生したことによるものです。しかし、カスタマーサクセスを強化したことで、再び 0.61% と低い水準まで抑えられています。飲食店における POS レジは店舗運営の根幹を担うプロダクトであるため、スイッチングコストが非常に高く、解約に至りにくいという優位性があります。そのため、コロナ禍で休業せざるを得なかった飲食店であっても、スマレジを解約しなかった企業も多いかと思います。

カオナビのチャーンレート:0.65%(Gross Churn Rate)

カオナビ:0.65%(Gross Churn Rate)

タレントマネジメントツールを提供するカオナビでは、一貫して低いチャーンレートを維持しています。同社のプロダクトは一定の従業員数を抱える Mid-Market 以上が主に利用していますが、従業員数が極端に少なくならない限り、ずっと使い続けるプロダクトなのだと思います。また、資料にも記載があるように従業員のデータがどんどん蓄積されていくため、データベースとしての価値が向上し、スイッチングコストが高くなっていることも特筆すべき点です。

チームスピリットのチャーンレート:0.67% , △0.78%(Customer Churn Rate , Net Churn Rate)

チームスピリット:0.67% , △0.78%(Customer Churn Rate , Net Churn Rate)

勤怠管理をはじめとする働き方改革プラットフォームを提供するチームスピリットでは、Customer Churn Rate 及び Net Churn Rate を開示しています。前者は 0.67% と低い水準をキープし、後者ではネガティブチャーンを実現しています。同社のプロダクトでは、勤怠管理のほか、経費精算や電子稟議、シフト管理などもできるオールインワンなプラットフォームであるとともに、全社で利用するプロダクトとなっています。全社利用のためオンボーディングに一定のコストがかかりそうですが、一度、オンボーディングに成功すれば、なかなかチャーンには至りにくい性質を持っています。また、ネガティブチャーンを実現しているということで、カスタマーサクセスに注力していることがわかります。

ヤプリのチャーンレート:0.82%(Gross Churn Rate)

ヤプリ:0.82%(Gross Churn Rate)

つい先日、IPO を果たしたヤプリの Gross Churn Rate は、0.82% となっています(コロナ関連による解約を除くと 0.72% とのこと)。同社は主にEnterprise へアプリ制作プラットフォームを提供しており、ベンチマークとなる1%を切っています。FY2017 からチャーンレートが低下し続けており、その要因としては、カスタマーサクセスの体制を強化したこと、プロダクトを改良していることに加え、ユーザーのデータが蓄積され続けていることで解約されにくくなっていることを要因として挙げられています。

マネーフォワードのチャーンレート:1.1% , △1.2%(Customer Churn Rate , Net Churn Rate)

マネーフォワード:1.1% , △1.2%(Customer Churn Rate , Net Churn Rate)

クラウド会計ソフトを提供するマネーフォワードは、Customer Churn Rateと Net Churn Rate を開示しています。同社は主に SMB 向けのプロダクトを提供していますが、ベンチマーク(3−7%)よりも優れたパフォーマンスを誇っています。また、後者の Net Churn Rate ではネガティブチャーンを実現しており、積極的なカスタマーサクセスが実現できていることが見て取れます。

サイバーセキュリティクラウドのチャーンレート:1.15%(Gross Churn Rate)

サイバーセキュリティクラウド:1.15%(Gross Churn Rate)

サイバーセキュリティクラウドの主力事業であるクラウド型 WAF「攻撃遮断くん」の Gross Churn Rate は 1.15% となっています。FY18.3Q では 1.34% でしたが、徐々に低下し現在の水準をキープしています。同社の IR 資料によると、リモートワークの普及に伴いサイバー攻撃も増加しており、今後もニーズが拡大していくとのこと。同社プロダクトの重要性も中長期的に高まっていきそうです。

フリーのチャーンレート:1.6%(Gross Churn Rate)

フリー:1.6%(Gross Churn Rate)

クラウド会計ソフトを提供するフリーは、Gross Churn Rate が 1.6% となっています。同社は個人事業主や中小企業をはじめとする SMB がコアターゲットとなっていますが、ベンチマークと比較しても、非常に低い水準となっています。会計ソフトはビジネスの根幹を担うシステムであるため、スイッチングコストが非常に高く、一度導入するとなかなかチャーンには至りません。加えて、上記資料にも記載しているように、チャーンレートを低減させるべく、UI / UX を常に改善し続けていること、カスタマーサクセスを強化することで、低いチャーンレートを維持しています。

ブイキューブのチャーンレート:1.69%(Customer Churn Rate?)

ブイキューブ:1.69%(Customer Churn Rate?)

ビデオ会議システムを提供するブイキューブでは、1ヶ月の平均解約率を四半期毎に開示しています。記載がないのでわかりませんが、おそらく Customer Churn Rate かと思います。同社は Mid-Market 以上を主なターゲットとしているかと思いますが、ベンチマーク(1-2%)内に収まっています。FY20 の 1Q から徐々にチャーンレートが上昇傾向にありますが、これは旧システムの終了に伴う解約、そして、緊急事態宣言下の臨時契約が解約になった影響だと説明されています。リモートワークへの普及に伴い、ビデオ会議に対するニーズは急増しており、アフターコロナにおいてもそのニーズはなくならないでしょう。しかし、同市場では Zoom などの巨人が台頭しており、どのように差別化していくのか注目したい企業です。

まとめ

今回は、IR 資料から SaaS 企業のチャーンレートを紐解いてみました。どの企業にも共通しているのが、チャーンレートがベンチマークよりも優れているということ。これは、プロダクトの改善、そして、カスタマーサクセスの強化によって顧客の内部に入り込み、スイッチングコストを上げていることが最大の要因かと思います。属人化ならぬ 属 SaaS 化させることで、チャーンを低水準に抑えることができます。現時点では 11 社分しかチャーンレートの開示が見られませんでしたが、ぜひ、他の企業にも積極的な情報開示(IR)を期待したいです。

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